透析医療における患者と医療者の心の持ち方

 

人工透析というものの、一体何が難しいのかと言えば、それは治らない医療というところにあります。

人はそれを「延命治療」と呼びます。

通常の「延命治療」というのは、単に死期を先延ばしするだけのものというイメージがありますが、人工透析の場合の「延命治療」では、その先延ばしが数年から数十年という長いスパンのものです。

患者は根気強さを要求され、医療者はその中でいかに安息の透析を提供できるか、そこに全てが集約されます。

 

ところが、治せない医療というところで「情熱」を保てない医療者が出てきてしまいます。

患者も根気が続かない事がよくあります。

 

これこそが、透析医療に大きく立ちはだかる問題点となっています。

 

医療者も患者も、

「どうせ頑張ってもいつか死んじゃうんだから、頑張る意味がない!」というところに行きついてしまう場合もありますね。

ん?

頑張る意味がない?

まあ、気持ちは分からんでもないですけどね。

 

しかし、情熱を失った医療者や患者は、透析施設内で一目瞭然です。

単に透析をルーチンワークのように提供し続けるだけで、そこに思考が無い医療者。

ちょっとした事にも文句を言い、医療者を困らせる患者。

 

時々、そんな光景を目にする事がありますね。

 

そして多くの場合、病院内の空気感が最悪になってしまいます。

 

そういった患者を放り出してしまう透析病院も多いですが、その場合は次々とそういった患者が生まれてしまいます。

というのも、元はと言えば、医療者に情熱が見られないため、多くの患者も情熱を持てず、

「早く死にたい」などとひねくれてしまう場合が多いです。

情熱を持てない医療者のほうを放出して、成功を収めている病院も多いです。

 

患者も多少心が弱くても、周りに透析医療に情熱を燃やす医療者が多ければ、そう簡単に

「死にたい」などと口にする患者の数もグッと減ります。

優秀な医療者が多い病院で「モンスター患者」があまり出て来ないのはこういうところにあります。

 

仕事としてやっているにも関わらず、面倒な事は避け、自分のやりやすいようにしか仕事をしない医療者より、多少面倒でも親身に面倒見てくれる医療者を、患者が信用するのは当然の結果なのです。

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透析施設内で巻き起こる患者の不満の中には、

体調の異変を申し出てるのに、何もしてもらえない。

というのがあります。

患者の立場に立って考えられる医師なら、これは大問題というのがスグ分かると思います。

 

患者は、体調が悪いから申し出てるのに、何もしてくれなければ、一体どう思うのか?

「ああ、この病院は自分を早く死なせたいようだ!」と思うでしょうね。

 

患者が透析に対する情熱を失う多くの事象は、こういう些細なところから起きています。

が、医療者はそういうところに無頓着です。

 

もちろん、患者の体調の異変の全てに明確な答えを出せる医師もいないとは思いますけどね。

しかし、それでも医師は患者に道を指し示してやらなければ、患者は路頭に迷うのですな。

 

医療者も患者も同じ船に乗って、同じ病気と戦っているという事をもう一度思い出す必要があると思います。

互いに心置きなく情熱を傾けられる透析環境の整備こそが、今、求められる事なのです。

 

 


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